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今から約30年くらい前、JRがまだ国鉄と呼ばれていた時代。
駅には伝言板が設置されており、そこには色々な伝言が書かれていた。もちろん、改札には自動改札などなく、駅員さんが、一枚、一枚、切符をハサミで切っていたりしていた。 一歩、改札からホームへと足を踏み入れると、そこにはタバコの煙がモウモウと立ちこめていたり、今では思い出すことも少なくなったが、車両にも灰皿が設置されていた。車窓から流れていく景色も今とは違い、随分とゆっくりと流れていたものだ。 その後、時代が過ぎ国鉄からJRへと変わり、社会も大きく様変わりしていく。それに、呼応するかのように、民営化したJR西日本は、利益を追求するために、スピードを重視し、いかに効率を上げるかを命題に血眼になっていた。 世間一般では、携帯電話が普及し、駅の構内では、役目を終えた伝言板がひっそりと外され、改札は自動改札機へと変わり、ホームは禁煙となっていく。当然、車両に設置されていた灰皿はどこにも見当たらない。 利便性を追い求めた結果、昔と比べると環境も良くなり、効率もよく目的地にも早くつける。ただ、その代償として、失ったのは「鉄道は安全である」という神話であった。 効率を高め、さらなる利益重視へと求めるあまり、必要な人員までも削減していった、安全軽視の姿である。 その先にあったものは、JR西日本で起こった福知山線の脱線事故である。当然、JR西日本には、利益追求を追い求めるばかりに、安全性を軽視した責任は重大である。道義的責任はもちろん、司法の場において裁かれるべきであろう。 ただ、冷静に考えれば、私たちが、普段働いている職場でも、大なり小なり、似たような状況にあっているのではないだろうか?少しでも利益をあげるために、ムダ・ムラ・ムリをなくそうとムダに努力を続ける職場や会社。 例えば、やせている女性がさらにダイエットをするかのように、落とす贅肉がないのにもかかわらず、無駄な努力を続けたりする。ムダな努力はやがて、ムリを呼びムラがでてきたりする。皮肉なことに、ムダ・ムラ・ムリをなくすために努力することが、さらなるムダ・ムラ・ムリを生んでいる皮肉な現実。 そんなムダな努力に疲れ、ストレスにさらされている現代。そのために大きな歪みが生じ、悲惨な出来事が多発したり、考えられもしない基本的なミスをすると考えられる。もはや、そんな状況では車窓から流れる景色を楽しむ余裕もなくなっている。 そのためには、やはり、スピードや効率ばかりを追い求めるのではなく、少しくらい、ムダがあっても良いんじゃないかという、ゆとりを取り戻す必要があるのではないだろうか? 自分自身も、もう一度車窓から流れる景色を楽しめるように、ゆっくりとした時間を味わえるように、ゆとりを取り戻すことにしよう。まず、手始めにムダを楽しむことにしよう。ひょっとしたら、今まで見ていた景色とは、全く違った景色がみえるかもしれない。楽しみである。
by yoshibou225
| 2013-12-08 06:30
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